某2chで「対応がいい」からはじまり「神」扱いされ、最近では体を心配された挙句に「ちゅーしたい」といわれた佐々木です。
男とちゅーはしたくない。
先日は投票日でしたね。
別段、支持政党を持たない私は
「少なくとも社共公の議席を1つでも減らさなければ」
と投票所へ行きました。
本題ですが。彼らは
「平和のため」
と言葉を繰り返します。あとは自分の名前。
考えて欲しいのですが、国に尽くす議士として立ち上がろうという人が日本の平和を願わずしてなぜ立てましょうか。
なぜ日本の無秩序を目指して国会に立てましょうか。
問題はその方法論であり、その方法として「武器を持つ、持たない」の議論すら出来ないもの達に議士たる資格はないでしょう。
サービスをやっていても同じだと思うのです。ユーザ様しかり、また運営者しかり
「よりよいサービスのため」
「このサービスが好きだからもっとよくしたい」
と口にします。
嫌いなサービスを運営する人も利用する人も居ないはずです。
何が適切であるかを真に考えず
「~のため」
というのは気持ちだけあれば十分という、そういう考え方なんだろうな、と、ふと私は思います。
しかし民主勝ちすぎ。
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