横浜地裁が「国歌斉唱」の通知に違憲性がないという判決を下したそうです。
当然の結果だと思います。
「国家斉唱が悪いといっているのではなく選ぶ権利があるはずだ」
「民主主義の国じゃないのか。自由はどこにいったんだ」
などと口にする人が居ますが、その選ぶ権利や自由を提供しているのは国です。
国なくして個人の自由はなく、個人の国への忠義なくして国の存続はありえません。
つまり国への忠義なくして個人の自由などありえないのです。
法律上も当然ですが、道理の上でも当然のことでしょう。
国を疎かにしないということは国に敬意を表す必要があるし、国を疎かにするも者に自由はありません。
よく解らないのは、私たちの自由が思想や民主主義などとという具体性の欠片もない主義主張で出来ていると思っている人が大勢居ることです。
私たちが個人が自由をするされるのは国という公を傘にきているからであり、また国が国自信として自由を保障されているのは国連という公を傘にきているからに他なりません。
公なくして個の存続はありえないのです。
それくらいも理理整然と説明できないものが教育者というのは実に残念でならないと思いました。
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